『カメラを止めるな!』覚えてますか。2017年制作、2018年に大ヒットした映画です。

「なんかコワいし、ストーリーもひどいから、途中で観るの止めちゃった」

もし、身近な人がこう言ったら、映画を既に観た方は「いや、最後まで全部観て」と力説するのではないでしょうか。でも、なぜ全部観るべきか、ネタバレしないように説明するのは、なかなか難しい。

『虎の血』を読み終わって、「あぁ、これはノンフィクション本の『カメ止め』なのだな」と思いました。この本が、どう面白いか、を伝えるのは難しいです。けど、絶対最後まで読んでほしい。


あの長嶋茂雄さんが子供時代に憧れ、野球選手を目指すきっかけになった、という藤村富美男さんが在籍していた頃のタイガース。藤村さんの人気は絶大。でも、もうベテラン。そろそろ次は監督になってもらって……、という時期に突如現れた、岸一郎さんという、無名の60歳の監督。
 
 「誰やねん」
岸監督の登場に、フロント、藤村をはじめとした選手たち、そしてマスコミの人たち。すべてが一癖も二癖もある人物ばかり。振り回したり、振り回されたり。

岸監督が指揮を執ったのはわずか33試合。この本によると、プロ野球球団で、歴代監督を務めたのべ人数が最も多いのがタイガースだそうです。

その経緯が、さながら昭和の大衆週刊誌のように、おもしろおかしく描かれていきます。 いや、めちゃくちゃすぎて、ある意味ホラー。笑っちゃうんだけど、いろいろ気の毒すぎて、心から笑えない。これ、いつまで続くんだろ……?


ところが、場面が現代に移り、筆者の村瀬さんが、岸一郎さんの故郷の敦賀を訪ね、数少ない手がかりをもとに親族を探そうとする後半のシーンから、文体ががらりと変わります。

そこから、岸一郎さんの驚くべき経歴が明かされていきます。NHKの「ファミリーヒストリー」のような面白さがあります。

全ての謎が気持ちよく解消されるわけではなく、真実であるからこその重い話もあります。それが人生であり、「ノンフィクション」なんだろうなと思います。

ノンフィクション賞の選評では、「どこまでが本当かわからない書き方」が指摘されたとのことですが、読み進めてみると、調べに調べたと思われる部分の記述はサラッとしていて、逆に、特に前半のチーム内の描写や、試合の経過などは、実際に見ているわけではないからこその、やや大袈裟な表現が、逆に誠実な書き方なのでは、と感じました。それとも、岸さんの性格の特徴である「何か」が村瀬さんに乗り移って……。それは考えすぎかな。

昨年の日本シリーズ中のあるエピソードにはぐっときましたし、最後の最後に、村瀬さんはじめ、この本に関わられたみなさん、登場したみなさんにとって、ご褒美のような映像紹介もあります。私もすぐ観てしまいました。他球団ファンですが、ちょっと感激しました。あのOBさん、ほんとに好き。

阪神ファンの人、野球ファンの人、歴史好きな人。どれにもあてはまらない人も。
この本を最後まで全部読み通す楽しさを、ぜひ味わってほしいです!