『来週日ハム、ベルーナに来るらしいよ』
 
時は2023年8月。
両親と私で構成される我が家は、全員が野球好きであること以外には特に特筆すべき点がない一般的な家庭である。一年の半分ぐらいは平日夕方になると野球しか映らない。好きな球団は各々にあるが、イニングごとにチャンネルを変える落ち着きのない一家だ。
 
父「新庄ってのはね、ノムさんと阪神でクロスしてるんだよ。ノムさんが昔投手をさせたことがあってだ......」
 
父はすぐに昔の話をする。
「◯◯年前は…」の切り口で始める話は、だいたい一度聞いたことのある昔話だ。現役時代から野村克也さんの大ファンで、ある時期は楽天の試合ばかりテレビで見ていた。最近はノムさんの教え子である新庄が監督に就任するやいなや、日ハムの試合ばかり見ている。
 
母「えー、そうなんだ。新庄やっぱり昔のまんまスタイルいいよね。あれ、マツゴー今日出てるかね?    あと、あのアンダースローのお兄さん今日出てくるかな?」
 
母は変則投手好きの面食いだ。
連ドラを見れば必ず1人推し俳優が増えているし、贔屓チームの対戦相手に自分の好きな顔の選手がいれば応援先がきちんとブレる潔さがある。父は誰がどう見ても俗に言う公務員顔なのだが、結婚とはそういうものではないらしい。
投げ方が変則的な投手がとにかく好きで、最近気になるのは鈴木健矢と言っていた。
 
『マツゴー、今日は1番レフトスタメンみたい。あとアンダースローの鈴木も確かベンチ入ってる。この鈴木って投手はENEOS出身で、当時はサイドスローで...』
 
かくいう私は一球速報アプリと選手名鑑が大親友といったタイプの野球ファンだ。英単語よりも選手の母校を覚えることに脳の容量をだいぶ割いてしまった。
 
幼い時から我が家はずっとこんな感じだ。仲は悪くないと思うが、野球を見ていて会話が噛み合った記憶がほとんどない。
 
時同じくして、北海道日本ハムファイターズは2023年も苦戦を強いられていた。「BIGBOSS」がドラスティックに撒いた種が少しずつ咲き始めた部分と、その斬新さが現場でハマっていない部分が混在していた。
 
2023年、両親は二人とも60代へ突入し、同時に、私は一身上の都合で地元を離れることになった。もしかしてこのまま噛み合わずに終わってしまうのか。
 
地元で過ごす最後の夏。そんな折、近所のベルーナドームにファイターズが来る。私はビジター側のチケットを3枚購入した。
 
8月27日、猛暑対策を完璧にして向かう母と、どうして屋根付きサウナと分かってそんな格好でわざわざ行くのかというようなワイシャツ・パンツ・革靴に会社カバンで部屋から出てきた父、家からユニフォーム姿の私は一路球場へ向かった。
 
球場へ向かう電車、乗るやいなやめざとく空いている座席を見つけ座る父、2席の空きを見つけると夫ではなく私を見てくる母、自分の身幅を気にしているので『他の人が先に座ってくれないかな』と内心思っている私。
 
球場に到着。この日は米米CLUBの石井さんがゲストで来場するらしい。「試合前のイベント見たい!」と急ぐ母。「米米CLUB、昔パチンコ屋でよく聞いていたから名前は知ってるよ」と呟く父。「米米CLUBといえば実家が米農家の石井一成は今日一軍にいるのかな」とふと思う私。
 
座席が通路から思ったより離れている座席だったので、先に食事を買うことにした。父がボリューミーな弁当を買ってくる、母が「あんた太ってきてるんだから歳を考えなさいよ」と諫める。その横で申し訳なさそうにBMI27の私は焼き立てのピザを食べる。
 
「今日先発與座君じゃん!與座君のタオルも持ってくればよかった!與座がんばれ~!」
スタメン発表を見て嬉しそうな母。着ているユニフォームは私が貸したファイターズの淺間大基。
 
「サード清宮でファースト野村は逆じゃないかと思っちゃうけどどうなのかね。にしても清宮は本当にそろそろポジションを掴んでくれないと…」
スタメン発表を見てごにょごにょボヤく父。手に持っているタオルは私が貸した清宮幸太郎。私が貸したものだ。
 
『上原~!!!!!』
私は投球練習をしている先発の上原健太に向け、上原の母校・明治大学のタオルを掲げる。全然明治大学を出てはいないのだが、企業名や大学名のタオルを収集することがどうもやめられない。グッズが増えすぎて引越しの時に二箱も使ってしまったがどうにもやめられない。
 
1回表、試合開始からわずか数分、清宮幸太郎が右中間へ先制のソロホームランを打った。
 
「あれがそのまま入るんだ!清宮すごーい!」
「この清宮ってのはね、高校の時は100本以上ホームラン打ってて...」
『やはりアンダースローは左バッターの方が打ちやすい傾向にあり...』
 
話は一向に噛み合わない。
 

【その時は突然来た】

1回表をサクッと9球で抑えた上原は2回、ライオンズ岸、古賀の連続タイムリーを含む4連打を浴びてあっさりと逆転を許した。が、3回表、万波のタイムリーで同点に追いつく。試合が面白くなってきた。
 
「今日與座あんまよくないね 、まあ打ったの万波君だからいっか〜万波君かわいいよね」
「万波は横浜高校だっけ?    横浜高校ってのはやっぱり松坂がいた頃が1番...」
『万波は確か西武線沿いの育ちで...』
 
6回表2死三塁、俊足の五十幡が粘って粘ってタイムリー内野安打をもぎ取り、勝ち越しに成功する。
「速っ!!」
「あのバッター脚速いな!!!」
『五十幡ああああ!!!!!』
 
そして迎えた清宮の第三打席。ゴロはセンター方向へ抜けていく。けん制悪送球で二塁に進塁していた五十幡は三塁ベースを蹴った。
 
「清宮!!!」
母がこちらを向く。
 
「清宮!!!」
父もこちらを向く。
 
『清宮!!』
私は大興奮のままに両親とハイタッチをする。
 
この日、初めて我が家は同じ方向を向いた。小さい頃からありそうであまりなかった一家が繋がった感覚。その瞬間、清宮幸太郎は我が家を確かに一つにした。試合は終盤ライオンズの猛攻を受けるもなんとか田中正義が踏みとどまり、ファイターズが勝利した。
 
「田中正義も最近好きになってきたんだよね。あの不敵な笑みが良いよね」
「新庄は突飛な采配をするが、若者を見出そうとする姿勢はやはりノムさんからの...」
『ソフトバンク時代から田中は怪我さえしなければ投げてる球の質はそれは...』
 
"たとえば〜君がいるだけで〜"
 
試合後、イベントで出てきたカールスモーキー石井の歌声は64歳というのが信じられないほど伸びやかで染み渡るものだった。
 
「懐かしいし歌上手いね〜これなんかのドラマの主題歌だったよね」
「あれは30年ぐらい前にやってたやつだろ、あの中森明菜が出てたやつ」
 
調べると、米米CLUBの「君がいるだけで」は1992年に放映していた「素顔のままで」というドラマの主題歌らしい。正反対な性格の2人の主人公が一つ屋根の下で暮らす内容らしく、我が家みたいだなとふと思ったりもした。
 
その数日後、私は実家を出た。
 

【噛み合わなくてもいいかもしれない】

半年が経ち、新天地での生活にもだいぶ慣れてきた。
オープン戦も始まる季節、両親二人は元気にしているだろうか。
 
『今日何してるの?』
「日ハム西武のファーム戦を観に一人でベルーナに行くよ。西武の好きな選手が引退してブルペン捕手になっててさ」
『父も一緒?』
「なんか自分の部屋に籠って昔のアニメの動画見てるから置いてきたけど」
 
今年こそファイターズには投打に噛み合ってほしい。一方、我が家がまた噛み合うのは、まあ10月でいいかもしれない。