※こちらは「文春野球学校」(https://yakyu.bunshun.jp)の受講生が書いた原稿のなかから外部配信作品として選ばれたものです。

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 昨シーズン、楽天イーグルスの下馬評は非常に高かった。一昨年のオフに平石洋介監督から交代した三木肇監督の下、開幕直後は強力打線を武器に、ホークスやマリーンズを相手に熾烈な首位争いを演じたが、夏場以降はリリーフ陣の崩壊もあり成績も急降下。結果的に前年を下回る4位という成績に終わった。その結果、球団は三木の配置転換を決断。2年連続で就任1年目の監督が交代するという異例の人事となった。

 そして三木の後任として新たに監督に就任したのが、石井一久GMである。球団創設17年目にして早くも9人目の監督。これまでイーグルスの1軍監督は回転ドアのごとく次々と監督が代わってしまっているが、長期的な視野に立ったチームの強化という面からみても、これは望ましい状況とは言い難い。

 私は関東在住ながらも、毎年20~30試合ほどはイーグルスの試合に足を運んでいる。本拠地の仙台や自宅から近い所沢・千葉はもちろんのこと、札幌・大阪・神戸・福岡をはじめ、地方球場や交流戦まで足繁く通っている。その中で様々なファンの方ともお話しする機会があるのだが、やはり多くのイーグルスファンは、毎年のように繰り返される監督交代劇に、心の底から辟易している。私もその1人であり、新たに就任した石井監督には何としても、長期政権を築いてもらいたいと思っている。

歴代最長記録の安倍政権から学べ

©文藝春秋


 全国各地を飛び回ってイーグルスを追いかけ続けている私だが、平日は永田町に身を置いている。永田町というのは非常に恵まれた立地で、メットライフドームにもZOZOマリンスタジアムにも、遠く離れた我々の聖地・楽天生命パーク宮城にもたった1度の乗換で行くことができる。もちろんそれが理由で永田町勤務を選んだわけではないのだが、特に仕事終わりに駆けつける平日のナイターなどは、何度このアクセスの良さに助けられたことだろうか。

 永田町は言うまでもなく政治の街。国会議事堂も首相官邸も永田町にある。そういえば、首相官邸の住人にして行政府のトップでもある我が国の総理大臣も、かつてはイーグルスの監督と同じく、回転ドアのようだと諸外国から揶揄されていた。自らが行政府のみならず立法府の長でもあると思い込んではばからなかった安倍晋三前総理であるが、数少ない功績をペゲーロ並みの怪力でなんとか捻り出すとすれば、そうした揶揄を払拭したことが挙げられるだろう。

 小泉元総理が勇退後のわずか6年3か月の間に6人もの総理が誕生。回転ドアが笘篠誠治の腕の如くグルグルと回る状況で、2度目の総理大臣のバトンを受けた安倍晋三であったが、歴代最長の7年8か月という、憲政史に残る長期政権を築き上げた。総理大臣がコロコロ代わっていた我が国で、なぜ安倍政権が長期政権になりえたのか。そこに石井一久監督が長期政権を築くうえでのヒントがありそうな気がしてならない。

スガとカズは似ている?

©時事通信社

 安倍政権が長く続いた大きな要因の1つに、菅義偉官房長官の存在が挙げられる。菅は官房長官時代、官僚を徹底的にコントロールしてきた。そのコントロールの徹底ぶりたるや、全盛期の岩隈久志を彷彿とさせるほどであった。局長級の省庁幹部に直接指示を出したり、意に沿わない官僚のクビを飛ばすことで、霞が関を完全に掌握し、官邸の進めたい政策を強力に推進してきた。

 私は菅のこうした手法を一概に批判するつもりは毛頭ない。選挙で選ばれたのは政治家であって官僚ではない。民意を得て成立した政権が決定した政策に異を唱える者がいるのならば、政治が人事権を行使して異動させるのは極めて当たり前だ。それをやらなければ、組織は前には動かない。
 
 そして、菅の政治手法と石井の仕事ぶりは非常に似ていると私は感じている。石井は前年最下位のチームを見事Aクラスへと導いた平石との契約を更新せずに、ヤクルト時代の同僚である三木を新監督に据えたり、長年チームを引っ張ってきた嶋基宏に減額制限を超える提示を行い結果的に退団させるなど、しがらみにとらわれないドラスティックな改革を進めてきた。

  編成の責任者であるGMが石井である以上、その決定権は石井にある。そして1軍監督やチームキャプテンなどといった極めて重要なポジションの人物がGMと違う考えを持っていては、なかなか組織は思った方向に進まない。「お友達人事」という批判もあるが、石井と同じ方向を目指してくれるメンバーで固めるのは理に適っているし、もしそれで結果が残せなければ、みんなで仲良く去ればいいのだ。野球も政治も結果がすべてである以上、責任の所在を明確にしておくことが極めて大事なのだ。

お友達人事を生かせ

©文藝春秋


 そんな菅だが、総理大臣としては非常に苦戦している。遅くとも今年の10月までには衆院選が行われる予定だが、このままでは短命政権に終わってしまいかねない。


 菅は総理に就任した後も、官房長官時代と同じように、最終決断を自身が行っているきらいがある。しかし総理の守備範囲というのはものすごく広い。あまりの広さに安倍前総理はかつて国会で「総理大臣なので森羅万象すべて担当している」という謎答弁を披露したほどである。当然1人ですべて決断することなど不可能だ。

 プロ野球の監督も総理と同様ではないだろうか。ましてや石井はGM兼任のいわゆる「全権監督」である。GM時代は自らがコミットして最終決定を下していた事柄の中にも、監督兼任となるとカバーしきれなくなるものが少なからずあるだろう。すべて自らで最終判断をしていては、全権監督ならぬ全裸監督。お待たせしすぎてしまうことになりかねない。

 そこで大事なのが、菅が上手く活用できていない部下の存在だ。その点、石井と気脈の通じた面々が各セクションに揃っているのは非常に心強い。1軍コーチには石井が現役時代に同じチームでコーチをしていた面々が揃っているし、2軍の監督コーチ陣は石井のチームメイトだった面々ばかりだ。現役選手に目を向けても、石井とともにプレーした経験を持つ面々がそれぞれのポジションのまとめ役になっている。石井にとってこれほど安心できる環境もないだろう。

石井政権が長期政権になると予感する理由

 各セクションのリーダー役となっている面々は、いずれも石井自らが声をかけて仙台に呼んできた人物ばかり。政治に例えるならば、政務三役を自らの派閥出身者で固めるようなものだ。私は石井監督が球団史に残る長期政権として、黄金時代を築き上げるのではないかという予感を早くも持っているが、一番の理由はここである。

 全員が同じ方向を向いて突き進む組織はやはり強い。今季のイーグルス号は、石井船長を先頭に一つの方向を向いて、パシフィック・リーグという大海原を走り抜ける体制が完全に整った。キャンプイン直前には「田中将大」というアメ車仕様の超強力なエンジンも備わり、さらに盤石の航海となりそうな様相である。

 派閥の論理で総理大臣の座を射止めたがために、自分の好きなように組閣や党内人事を組むことができなかった菅。対して自らの同志を集めることに成功した石井。組閣の大切さが改めて認識される2021年となることだろう。