※こちらは「文春野球学校」(https://yakyu.bunshun.jp)の受講生が書いた原稿のなかから外部配信作品として選ばれたものです。

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 父は、いつも石川雄洋に手厳しい。


 横浜市出身の今年65歳になる父は、大洋ホエールズからベイスターズまでを見続けて50年余りになる。だが、父の口から出てくるのは、いつもベイスターズへの「ぼやき」だ。その中でも、石川雄洋への言葉は常に辛い。テレビ中継で石川がプレーをしていれば、嫌味を言わずにいられない。石川がプロ通算1000本安打を達成した時も、「記録達成できたんだから、トレードされればいいのに」と毒づいていた。
 娘である私は、ベイスターズファン歴約4年。中畑清監督時代に、石川が不調時の態度について苦言を呈され、二軍降格を告げられたことも知っている。その派手な髪形やファッションにも、冷ややかな視線が注がれたこともあるだろう。それでも、私の中の石川は、「チームメイトからの人望が厚い元キャプテン」だ。

 父とは見てきたものは違うといえども、なぜこんなに父が石川に対して厳しいのか分からなかった。

 その石川は、昨年ベイスターズを退団した。球団に、戦力構想から外れていることを告げられ、今は他球団からのオファーを待っている状態だ。
 私は、父が見てきた石川について知りたいと思った。石川が高校生だった頃から、父は彼のことを知っている。厳しい言葉を石川に投げかけながらも、以前「石川もしぶといねえ」と漏らしていたことが気になっていた。そこには、単なる「嫌い」以外の感情が込められているように感じていた。

 父にインタビューを行い、石川について語ってもらった。

 父と石川の出会いは、2004年夏、石川が横浜高校3年生の時。父の母校は、神奈川県にある私立高校だ。父は全国高校野球選手権神奈川大会で、母校の対戦相手として、石川の姿を目にする。

 石川は当時から県内で名の知られた存在だったそうだが、父は彼がそれに値する選手だとは感じていなかったという。「(母校のライバル校である)横浜高校の選手だった、というのもあるけどね」としながら、石川が注目されていた状況を面白く思っていなかったようだ。

 高校卒業後にベイスターズに入団した石川だが、さらに父の心証を損ねる出来事が起こる。
「(某女子アナと)付き合ってるって噂があったから嫌いだった。それが決定的になった」
 ……。某女子アナとの交際の噂は父の嫉妬心を掻きたてたのだろうが、父は嫉妬する立場にはないだろう。

 では、石川がベイスターズを戦力外となり他球団からのオファーを待っている現状について、どう考えているのだろうか。尋ねると、少し意外な答えが返ってきた。

「それはいいじゃないですか? だってそうじゃん、個人の自由だし。まだ自信があるっていうんだったら、活躍するためにはね。むしろ、何で今までベイスターズにいたのかっていう。よその球団に出ていったらよかったのに。『出てけ』って追い出すって意味じゃなくて。もっと数年前に外に出ればよかったのに。(ベイスターズにいると)チャンスがもらえないから。でも、よその球団に行けばまだ活躍できる力はあったと思う」

 石川のプロ通算1000本安打達成の際、「トレードされればいいのに」と言っていた背景には、もしかすると「他球団に行けばもっと活躍できるのに」という思いがあったのかもしれない。

 そして、「石川もしぶといねえ」と漏らしていたことの本意を探ってみた。

 ―—「石川もしぶといねえ」って言ってたのが印象的だったんだけど、思ってたより石川のプロ野球人生は長かった?

「長かったと思う。なぜずっとトレードもされずにいたのかというと、石川がチームメイトに慕われてたとか、内部の何かの働きがあったのかもしれないね。例えば、兄貴分としてチームをよく統率してるとか、裏方での部分に大きな能力があったのかもしれない。逆に言うとね、指導者としてはちょっと注目する部分がある。石川君はね、指導者として、スタッフとしてやってくれるのには別に反対しないね。指導者としての能力はあるのかもしれない。まあ変な話だけれども、鳴り物入りで高卒で(ベイスターズに)入って、期待されたのに活躍できなかったけど、でもしぶとく現役生活続けたじゃない。だからその辺のところの苦労がね、もしかしたら育成っていう部分で、コーチとしてその視点が逆に役立つ可能性はある」


 やはり、父は石川がプロ野球選手として「しぶとく」戦い続けてきたことは素直に認めているようだ。
 そして、「もし石川に、他球団からオファーが来てそこに入団するとしたら?」と問いかけると、「ご健闘を祈る」という一言が返ってきた。

「それはもう(母校と同じ神奈川県の)横浜高校だからさ。決して応援してないわけじゃなくて。わりあい馴染みがあった選手だから、やっぱり注目するじゃん、同じ神奈川だったから。ましてや(自分の贔屓の)ベイスターズに入ったから」

 この言葉を聞いて、父は本当は石川を応援していたのかと少しほっとした。しかし父は、「ただその割に活躍しなかったねっていう。あともうひとつ言えばかっこつけてたからね(笑)」と付け加えることも忘れなかった。

 ただ、父にとって石川は「嫌い」と切り捨てるだけの存在ではないのは確かなようだ。いわば、石川とは「腐れ縁」と言える関係なのかもしれない。
 未だ、他球団からのオファーを待つ身である石川。一日も早く吉報が届き、父にまたその「しぶとさ」を見せつける機会が訪れるよう祈るばかりだ。